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アイスランドの歴史(アルシンギ)

アイスランドへの植民は、ほぼ930年くらいにおわったと言われています。
930年というのは、アイスランドで初めて「アルシンギ(全島集会)」がひらかれた年。
アルシンギは世界初の議会とも言われます。

このアルシンギについて、簡単に紹介しましょう。

アルシンギというのは年に一度、
数日に渡ってシングヴェットリールという土地で行われました。
これはアイスランド各地で行われたシング(集会)の最も大きいものでした。
シングはそれぞれ東・西・南に3つ、北に4つおかれ、
その区域内にそれぞれ3つのゴズオルズがありました。
ゴズオルズはそれぞれ一人のゴジが持っており、
このゴジにつく農民はシングマーズルと呼ばれました。

ゴジは元々は宗教的リーダーでしたが、政治的権力を握るようになりました。
おそらく1000年のキリスト教改宗以後ではないでしょうか。
ゴジの語源は神で、サガには「フレイル神(異教神)のゴジ」のサガなどもあります。

アルシンギの中の立法機関はルーグリェッタと呼ばれ、
39人のゴジと、プラス9人の48人で構成されました。
9人プラスするのは、北部のシングが一つ多いためです。


現在は首都レイキャヴィークにアルシンギという建物があります。
要は国会議事堂なのですが、かなりこじんまり。
今は議会としては使われていません。
なお、7回会議ではこのアルシンギはもちろん、
シングヴェットリールにも行ってきました。

シングヴェットリールはアルシンギに最適な場所が島内探し回られたとき、
選ばれた場所です。大きな岩の上にのぼり、法律が暗誦されました。

手元に資料がないためかなり簡単な内容になりました。
もし間違い等ありましたらご指摘下さい。


6期大島




 
北極海航路

この航路は、カムチャツカ半島の東側を通りベーリング海峡を抜けロシアと北極の間をすり抜ける形で極東地域と北大西洋地域を結ぶものであり、その利用の可能性が期待されている。

1878年に初めてフィンランドの探検家がこの航路の航海に成功し、その後はロシアの砕氷船が使うようになり、現在では一年のうち5−6ヶ月間は貨物船やコンテナ船でも利用できる。

では何がこの航路への大きな可能性となっているのだろうか。

それは地球温暖化による環境の変化、つまりこの極地方における棚氷が溶け、減少していることにある。海面上昇など様々な影響が危惧されている一方、この環境の変化により新たな可能性が見えてきているのである。

14カ国約450人もの科学者の参加により国際北極海航路計画を筆頭に様々な研究が行われ、経済的にも技術的にも環境面においてもこの航路は利用可能との結論に達した。

日本とアイスランドとの航海距離はスエズ運河経由で11760km、パナマ運河経由で11900kmとその距離は非常に大きい。

この北極海航路の利用によりその距離は6900kmまで短縮され、両国の交易に大きな発展をもたらすことが予想される。

また隣接する国々の船舶に対するその寄港地としての役割もアイスランドには発展が期待される。


7期山中


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